「太極」は「taichi」なのか「taiji」なのか「タイチ」なのか「タイジ」なのか

ヒジョーに適当ではあるのですが、I know! など使いつつ、中国語の勉強を始めています。

で、ものすごいことを発見してしまいました。

太極拳の「太極/太极」の、アルファベットおよびカタカナでの表記方法の「正解」はなんなのか? についてです。

まずは、アルファベット表記、から。

アルファベット表記編

ちょっと太極拳方面に詳しい人ならご存知と思いますが、「太極」の表記方法には、「taiji」と「taichi」があります(「太極拳」なら、「taijiquan」と「taichichuan」ですな)。

もうね、この時点で気に喰わないわけです。なんでこんなメジャーな単語の綴りが一定でないのか、と。ま、じゃあ、「ニッポン」と「ニホン」はどうなのか、と言われると「ぐぬぬ」と思わないことはないですが(汗)、では、「太極」もそのように、読み方が一定していない単語なのか。それとも、なんらかの事情で表記が揺れているのか。

というわけで、まず、検索エンジンを叩いて、ネット上のテキストでの登場頻度を見てみましょう。「taiji」「taichi」だと、いろいろ違う意味でもヒットしてしまうので、「taijiquan」と「taichichuan」を対象にします。さらにグーグル先生は無駄に賢く、包括処理をバリバリかけまくってしまうので、bing.comの「英語のみに絞り込み」モードで検索します。すると、532,000件 vs. 1,100,000件で「taichichuan」の圧勝。ハナシは以上終わり、ハイ解散解散……。なのですが、なかなかそうは単純なことではなさそうです。

なんとなれば、youtubeなりで検索をかけている時は、「taijiquan」の方がメジャーな印象を持ちます。一方、英語の文献、たとえば、amazon.comでの、洋書の検索結果、とかを眺めていると、「taichi」の方が多い気がしてならない。

で、中国語の勉強を始めると、「太極拳」という単語には「tàijí quán」という表記が添えられています。アレアレ……?

私が知りたいのは、たとえば、「コスプレ」は英語でも「cosplay」であって「kosupure」でないが、「カラオケ」は英語では「karaoke」であって、「karaorch(e)」ではない、みたいなことが知りたいわけです。この2つの例は、片や「英語寄り」、かたや「ローマ字寄り」で、論理的一貫性はありませんが、現実に人口に膾炙しているのは「cosplay」「karaoke」であって、そこにブレは、ほぼ、ない。「太極」なんて単語は大メジャーな存在なわけで、たぶん、そういう落としどころがあるはずだ、と思うわけです。まあコード触る人にありがちな「クラス名や変数名に表記揺れがあって一意に決まらないと落ちつかず夜も眠れない」病だったりも、します。

日本語におけるローマ字表記も実際には揺れていて、学校では訓令式で教わるのに、町に溢れているのはヘボン式(さらに厳密には10種類近くあったりする)であるものの、実態としては英文への混ぜ書きの際には、マクロンを使わないヘボン式、が現実的な解となっている印象を受けます。なので、コーディングの際に、「氏名」が「simei」に、しかし「日時」が「nichiji」に、そして「ジャンル」はなぜか「jyanru」になっていたりするとイライラっとくるわけです。要は、学術的に厳密な正解、というよりは、どこに収束させるのが納得感があるのかな? 程度の疑問である、ということです。

ある時は、「もうこれはネイティヴに訊くしかないな」と思い、台湾に行ったときに、ホテルのフロントの英語ができるオジさんに「ところで「太極拳」は「タイチ」なの? 「タイジ」なの?(この時は、「タイジ」が「正解」だと思っていた)」と聞いたら、「えっ、tàijí だよ(しかし自分には「taichi」と聞こえる)」と返され、「?」の数は増える一方。

で、今年になってからぼちぼち、中国語の勉強を始めて、ようやく問題の所在に気づきました(いやはや、非常に雑な学習方法をとっていたので気づくのにエラい時間がかかってしまいました)。

学習方法の問題でもありますが、「どちらか「一方」に収束するはずだ」という思い込みで調べていたので、余計遠回りをしてしまった、ということもありますね。

というわけで解答編。

単純にコレだけの話であります。ただし、「ベース」が曲者で、どちらも、ちゃんと表記するのであれば、

  • ピンイン→ tàijí (quán)
  • ウェード式→ t’ai chi (ch’uan)

が正解であり、最初に掲示したものは「どちらも不完全」です。
で、「不完全」というところをさらに掘り下げると、「なんとなく英文の中で中国語を表記するときに使うやつ」というのがあり、これは、「ウェード式」が使われるようで、Wikipediaの「ウェード式」の項でも、「英語の発音に近づけた表記法であり、かつては英語圏を中心に世界中で広く用いられただけでなく、現在でも台湾の主要都市の地名表記や、英語新聞の記事、戦前から有名な人々の海外での表記に使われている」とあります。

ふむー。

しかし、依然として謎は残ります。上記記述を信じるなら、「北京」は、Peking > Beijing 、「秦始皇(「始皇帝」)」はCh’in Shih-huang > Qin Shi Huang、一方、現代の人である「習近平」は Xi Jinping > Hsi Chinping となるはずですが、実際は、

  • Beijing(13,600,000) > Peking(6,480,000)
  • Ch’in Shih-huang (1,550,000) > Qin Shi Huang(483,000)
  • Xi Jinping(2,070,000) > Hsi Chinping(26)

となり、「二勝一敗」といった様相です。
どうも、スッキリとしません。上記の数字は、あくまでもbing.comの言語絞り込みによって調査しているので、そもそもちゃんと絞り込めているのか、検索エンジンの独自ロジックによる「包括処理」みたいなのも効いているのではないか、という疑惑もあります。

「北京」問題については、やはり悩んでいる人がいるようで、こんな文章もありました。

Pekingはかって英語ではかなり広く使われていて
例えば映画「北京の55日」の英語名も
55days at Pekingですね

そのあと中国政府がBeijingを使うように
世界に声明を出した事を思い出しました。

(北京はPEKINGかBEIJINGか? – 中国語 | 教えて!goo より)

……どうも、我がブログは期せずして「中国共産党コワいw」というオチになる傾向が強いのですが、どうやら、今回もその伝を免れないようです。「北京=Peking」は、恐らくは19世紀くらいから普通に英語圏でも使われている単語であったはずですが、中共のみなさまの尽力によって、「Beijing」に上書きされた、ということなのでしょう。

というわけでとりあえずの解答、としては、

「ピンインに寄せた表記としては、もちろん「taiji」。ただし、「太極」自体は、「カラオケ」「アニメ」同様、もはや英語になっているので、この場合は、ウェード式由来の「taichi」が正しい」。といったところでしょうか。

したがって、英語の中で綴る場合は「taichichuan」あるいは古式ゆかしく「T’ai chi ch’uan」と綴るべき(ただし後者は、下手すると中国人の若い子には通用しない可能性もあるかも)。例としては、Wikipediaにおける、「Yang-style t’ai chi ch’uan」等を挙げておきましょう。

「日本語で表記」編

さてさて、では、「日本語」(あるいは、日本語ネイティヴの人間は、「太极」をどう表記すべきか?)問題です。

例によってbing.comで「日本語のみ」に言語を絞り、

“タイチ” 太極拳 vs. “タイジ” 太極拳 -ムエタイ

で絞り込みます(「-ムエタイ」が入っているのはムエタイを敵視しているのでは決してなく、「センチャイ ムエタイジム」が意外と健闘(笑)しているため、です。)

結果発表。

  • “タイチ” 太極拳 (34,100 件)
  • “タイジ” 太極拳 -ムエタイ (9,020件)

「タイジ」組には、人名の「タイジさん」が結構紛れていることを考えると、日本語では、「タイチ」が圧勝しているようです。

しかし、ピンイン表記では「taiji」であり、ウェード式でも、実は「chi」は無気音であり、日本語に無理やり対応させるとすれば、「ジ」の音の方が近い……とも言えます。

と、ここで唐突に無気音のハナシが出てきてしまいましたが、私はちゃんとした勉強をしてこなかったので、コレの存在に気づくのにエラい時間がかかってしまいました。中国語における「有気音」「無気音」について、私自身がまだ「有気音」と「無気音」の発音を使い分けられていないので、ちゃんと解説するのは私の手には余ります。中国語発音講座なぞを熟読の上、結論だけ知りたい方は、以下から読まれるのが良いでしょう。

私は清音濁音という概念を中国語の学習に持ち込む必要はないと考えている。そもそも中国語(普通語)には清音濁音という概念がないのだから。

絶対清音派の言う「中国語には濁音がない」という表現には瑕疵がある。中国語には「濁音がない」のではなく、「濁音」という概念がないのだ。もちろん、これに対応する「清音」という概念もない。

(無気音と有気音の真実 | 中国語発音講座 より)

つまりそもそも「チ」「ヂ」の違いにキレイに対応する概念が中国語にはないので、「タイチ」or「タイジ」、という問い自体にかなり無理があったわけです。

というわけで、日本語での表記は難しい、というところにまでは辿りつきました。

さて。

昨今、外来語をネイティヴっぽく発音するのがカッコいい、という風潮を若干感じるので、そういうのに迎合した結果が「タイチ/タイジ」の氾濫に繋っているように感じています。別段、無理に音を写そうとせず、「タイキョク」と言えばいいんでないの? という気がしなくもない、というのが正直なところです。意地の悪い見方をすれば、日本における昨今の第2次、第3次ヨガブームのように、英語圏経由で入ってきた「taichi exercise」に乗っかるつもりなのであれば、それは「タイチ」と表記すべきでしょうねフフン、という気分にもなります。

しかしながら、私個人としては、上記のサイトの見解に敬意を表し、今後どうしてもカタカナ表記を迫られたときは、若干少数派であるところの「タイジ」で行くことにします。というわけで、今後私に「なんで「タイチ」じゃないの?」という質問をウカツにすると、上記のようなことを懇々と解説されるのでご注意を。

そして、ネイティヴの台湾人に訊いてもわからなかったのは、彼は中国語(台湾語)ネイティヴの人であっても、「日本人に中国語を教えられる人」ではなかったため、「「日本人は、jとqの発音の違いを、「濁音」と「清音」に置き換えて理解しようとしがち」ということを知らなかったので、私の質問の真意を理解できなかったのでしょう。一方私は「中国語耳」を持っていなかったので、彼が正しく「tàijí」と発音したのに、「太極 = taichi」と思い込んでいたため、それが「タイチ」にしか聞こえなかった、のでありましょう。いやはや異文化コミュニケーションは難しいですね(ちなみにわが師弟の賀氏は、一発で私の疑問の所在を見抜いていました。さすがやね)。

まとめ

呉式太極拳研究会名刺_ウラ
呉式太極拳研究会名刺 裏面(なお、電話番号とメアドはサイトで公開しまくっているので、伏せておりません。念の為)
結局のところ、「外国人」による中国語表記は難しいんだねえ(そして中国共産党コワいwww←しつこい)」、という話ではあるんですが、

  • アルファベット表記 = 歴史的な経緯により、「taichi」とすべき
  • カタカナ表記 = 歴史的な経緯を引きずっていない分、「タイジ」とすべき

というのが、私の見解、です。「英語的な発想からすれば、「taichi」、が正解なら、カタカナ表記も「タイチ」が正解なんじゃないの?」という疑問から派生してずいぶんな長文になってしまいましたが……。

というわけで、我が呉式太極拳研究会の名刺(裏面)を作る際には、「英語ネイティヴの人に馴染みが深い方を優先」という考え方を採り、正調ウェード方式であるところの、「Wu-Style T’ai chi ch’uan Collegium Japan」としました。(うーん、しかし今見ると、沈師父の名前はピンイン表記にしているなあ。。まあ、いいか! コミュニケーションの際にはピンインの方が実際的なわけだし)

さてさて、明日の昼飯は「バンバンジー(棒々鶏/棒棒鸡)」にするか、はたまた、「ユーリンチー(油淋鶏/油淋鸡)」にするか。(表記揺れの)悩みはつきませんな。。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です