呉式太極拳をやってます02

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拳功房

月日は流れに流れ、2000年代の中頃。実は連れ合いが山田編集長こと山田英司氏の知り合いで、「拳功房」という道場やってるらしいんで、行かないか、という話が舞い込みます。

20年前の情熱が蘇り、ついに憧れの太極拳を学べることに。その時は深く認識していなかったわけですが、「拳児」直系の太極拳を学べたわけで、冷静に考えるとこれは実に幸運なことでした。たぶん、当時の私は、山田編集長が松田門下だった、というのは実に漠然としか理解していなかった、と思います。

初めて道場(ちょっと記憶がアイマイなのですが、池袋の極真会館本部の道場を借りていたはず)に出かけたとき、山田編集長は遅刻してきて、

田口氏(後述の本の中で、山田編集長の相手役を務めていた。当然初対面)が「いやー先生はタイの水かけ祭り以外は休む、なんてことはないのに、実に珍しいですねえ」などと会話を交わし、先生(山田編集長)は、「徹夜で校正だよー」などと言いながら、ゲラの束を抱えて現われたのが思い出されます。

武術の構造―もしくは太極拳を実際に使うために (Budo‐ra books)そう、ちょうど、山田編集長の初の単著(たぶん)であり、「太極拳戦闘理論2.0」とでも言うべき(※私が勝手に言っているだけ)、「武術の構造(2004年12月初版発行。なお、2008年に、拳功房での研究成果を反映して大幅加筆・内容のアップデートがなされ、さらにはDVDまで付属の「増補改訂版 武術の構造」が出ていますが、いずれも品切れです。)」が刊行されたタイミングでもあったのです。

そこには太極拳の戦い方、というかそれ以前の、武術と格闘技(とスポーツ武道)の違い、を入口に、「強い」というのはどういうことなのか、を経て、「格闘技的強さ」と「武術的強さ」を橋渡しする、独自の「アダプター理論」という概念を導入する、というアクロバット的展開ののちに、中国武術のモヤモヤとした幻想に包まれた「強さの正体」が実にスッキリと整理・解説されており(そんな気がした)、私はすっかり山田理論のトリコになります。

拳功房では迷わず太極拳を選択(一応、何を中心に学ぶか、は入門時に決める仕組みだったはず)したのですが、八極拳・蟷螂拳・太極拳を、同時に同じ場所で学びます。そういった関係上、練習時間の1/3くらいは皆で同じことをやったり、お互いの技術を活かすための交流があったりして、ワタクシもヘタクソな冲捶や、もっとヘタクソな前蹴りをやりつつ、いっしょうけんめい老架一路や推手に精を出します。和気藹々と(私より数ランク上の)武術ヲタクのみなさんと練習できるのは実に楽しかったのですが、いかんせん長年のデスクワークで腰をすっかり悪くしており、朝、突然に起き上がれなくなって、這うように整形外科に行ってブロック注射打ってもらったり、痛みに耐え兼ね、職場で俯せに寝ころがりながら仕事をしていたり……という有様だったので、何時間もガンガン打ち合う拳功房のハードな稽古には当然耐えられず、さらに道場が池袋から高円寺、そして江戸川区に移転したあたりで、完全に足が遠のいてしまいます。

今にして思えば、対打練習のアームブロックで腕はアザだらけに、キックミットを使った蹴りや冲捶の連続による筋肉痛が一週間近く残るような稽古を、万年文化系ライフを満喫してきた身でいきなりやる方が無理だった、としか言い様がないですが、まあ根性なしですわな。推手は実に楽しかったんですけどねー。

なお、拳功房は現在も江戸川区北葛西にあるキックのジムを借りて、私がちょろっと居たときよりも更に高度な内容を研究し続けているようです。稽古の様子は、山田編集長のブログからも伺い知ることができます。興味のある方はぜひどうぞ。

無極会

さらに月日は流れ、2010年代のはじめごろ。仕事の合間に、「そうだ、俺はやっぱり太極拳をやりたいんだよ……」と、「太極拳 中野」というキーワードで、ネットを検索しはじめます。陳家太極拳は最強(俺調べ)だけど、最強かどうかよりも、自分が続けられるかどうか、を重視して、近場で探してみてはどうだろう? と思ったわけです。

そこで「無極会」の存在に行き当たります。残念ながら(笑)陳式ではなく、呉式太極拳の系統であることが謳われており、「呉式ってなによ?」とは思ったのですが、サイトの記事を読むと、なかなか面白いことが書いてあり、なにより中国人の毛先生がユニークで面白そう、ということもあり、ココに通いはじめます(当時は都立家政と野方の間あたりに道場がありました。東日本大震災を経て、まもなく池袋に移転してしまったので、「近場」という最初の条件はウヤムヤになってしまうのですが)。

無極会での稽古は、拳功房とは対極的で、まず生徒数は一人ないし二人の、ほぼマンツーマン状態。コースは1時間の完全予約制。行くと、まず10分ほどストレッチ。10分ほど立ち方(体重移動)の稽古。5分ほど歩き、5分ほど摟膝拗歩の動きで延々とまた歩きます。これらの基礎練功を終えて、さらに「自分ないし相手の手を掴んで振る」、という独特の練習が入り、その後にようやく推手。推手は基本、すべて単推手で自由に先生を攻撃し、崩される、の繰返しです。で、最後に套路。一つずつ架式を分解してやり、一つの架式に最低4回くらいはレッスンを受け、用法までやったら次、という進み方です。

進み方は実にユックリであるものの、とにかく基礎をみっちりやる方針には好感を持ちましたし、とにかく毛先生の推手が、拳功房ではほとんど体験したことのない種類の、全く未知の強さだったので、これまたすっかり夢中になり、2年弱ほど通いました。ちなみに、腰痛は均整のスゴ腕施術師のおかげでほぼ完治していたので、体を痛めることもなく稽古は続きます。

先生は上海の人ではありますが、日本滞在歴は長く、日本語は普通に読み書き・会話できるのですが、質問してもちょっとやりとりがよくわからないこともあり、「うーんコレは俺の功夫が未熟なせいで、質問が要点を外しているのだろうなあ」と思いながら稽古に通っていましたが、ちょっとスッキリしない部分が残り続けたことも事実です。「わかるんだかわからないんだかよくわからない」状態、というのが一番楽しい、ということはあるので、これはこれで状況を楽しんではいたのですが、やはり呉式太極拳自体の情報が少ないこともあり、時折、ネットを検索して、「……やっぱりよくわからん。。」という日々が続いておりました。

推手は実に楽しかったんですけどね。ここでの推手体験は(先生は別格として)、2人で入るとかなりの確率でその人との初推手になるので、毎回が真剣勝負のようで実に楽しかったです。ちょっと不思議だったのは、これだけ実戦志向の教室なのに、皆それほど推手でガツガツ崩してこなかったことです。強い、弱い、という感じ以前に、皆あまり攻撃してこないので、相手がムキになるまで崩したり、と今にしてみれば悪いことをしたなあ、と。。ただ、中で一人、すごく強い人がいました。体格こそ私より全然デカいのですが、別段力で押してくるわけでもないのですが、私は崩されまくり、新鮮な驚きでしたね。もう一人、そこそこ強い人がいたのですが、彼については何度か脳内シミュレーションをしたら攻略法を考えついたので、次回それを実行してみたらアッサリ完封できた(相手は不思議そうでしたが)ので、まあそれほどでもなかったのでしょう。

なお、無極会は現在は新大塚に場所を移し、土日のみやってらっしゃるようです。

続きます。(まだ、我が研究会のハナシに辿りつけない。。)

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