西部劇などに出てくる風で転がる丸い草、タンブルウィードのイラストです。

風と推手する男

私の知り合いに、葛西眞彦という人がいます。在台湾の日本人で、いくつかの武術を深く修め、今月末(2016年10月)に台北で開催される競技推手の世界大会に挑戦します。

競技推手ってなーに? というところから話を始めるとオニのように長くなるので、ざっくり、以下の本を御参照ください、ということでご容赦を。

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……アフィ厨乙★というコメントを全力回避するために、一応、三行で書いてみると、

・太極拳の重要な練功法であり、互いの実力を推し量るための手段でもある「推手」に、
・スポーツ格闘技としての競技性を持たせたもの。
・互いの手と肘、肘と手が接触する距離から相手のバランスを崩すことを目的とする。
・定歩(足を動かさない)と、活歩(半径数メートルの円の内部を自由に移動してよい)がある。

といったところですかね(四行使ってるけどな!)。

私ごときが強弁しても何の傍証にもならんのですが、葛西氏はとてつもなく強いです。現在の私の実力では、たぶん推手を一万回やっても一本も取れないでしょう(葛西氏が片手片足不使用、だったとしても危ないな……)。というか、そもそも「このルール」「この階級」に限定して言えば、日本人で彼に勝てる人間は、ほぼ存在しないでしょう。

ただし、残念ながら葛西氏は、現時点では全くの無名の存在です。日本のみならず台湾でも、たとえ中国伝統武術をやっている人間であっても、彼の名を知っているのは、まだ、ごく一部でしょう。比較的最近まで他の武術を極めんとしてたこともあり、競技推手においてめぼしい大会実績がないこと、また、台湾ではオープンな推手世界大会を定期開催(そのこと自体は素晴らしいと思いますが)しているものの、やはりそこは伝統に深く根ざした世界、「外国人」は徹底的にホームタウンディシジョンに泣かされるようで、まあ、そういったことを言えばキリがないんですが、とにかく、「強さ」を客観的に証明するものが、現時点ではあまり無い、というのは厳然たる事実です。

しかし、私には彼に期待する根拠があります。それは、「手を合わせた感覚」、などといった曖昧なものではありません。

そう、彼は、「風と推手する男」なのです。

競技推手は相手がいなきゃ練習できないと、普通の人は言うが、私の場合は相手がいなければ、試力をアレンジして、競技推手を1人でやっている、ただひたすらに。ときにはいろんなモノを相手にして、ときには雨や風を相手にして。

(中略)

風と推手する効果に気づいてから、さらに練習を続けること数年、私より何年以上、下手したら10年以上キャリアの差がある大先輩や、公園で交流する他団体の指導者たちでも、私に届かなくなった。

(風と推手しろ|競技推手のヒカリ より)

ここに書かれていることのリアル、について、少し説明すべきでしょう。

少し武道や格闘技方面に興味ある人なら、上記の引用部分に書かれていることを、「人は、(ある程度までいけば)独りでも自身を深めていくことができる」とか、「相手を超リアルにイメージして戦うリアルシャドウ(ボクシング)ができれば、独りでも強くなれる」みたいな一般論として受け取られるかもしれません。(どっちも「グラップラー刃牙」の世界観だな。。)

「カマキリは、創造(つく)れる!!!」
「カマキリは、創造(つく)れる!!!」

私が受け取った印象は、ちょっと違います。

少し話題が逸れますが、私の師匠である沈剛師父(道教の伝統武術の世界では弟子入りした師匠を「師父」と呼びます)は、呉英華と馬岳梁に師事すること十余年、その後、1989年に日本に渡って以来、20余年。一般に教え始めたのはついここ数年のことですから、少なくとも20年以上、ほぼ独りで稽古していたことになります。しかし、沈師父はその功夫を本家の鑑泉社から非常に高く評価(詳細はなんだか自慢たらしくなるので省きますが)されており、また、沈師父自身、「○○といったことに気付いたのは、ほんの数年前のことですよ〜」ということを、しばしば口にすることがあり、それらを額面どおりに受けとって判断すると、どう考えても、日本にいる間にも独りでどんどん強くなっていったとしか思えない、という結論に辿り着きます。それも、「100kgをベンチプレスで挙げてたけど、120kgになった」みたいな定量的、線形の進歩ではなく、かなり本質的なレベルでの、指数関数的な飛躍を遂げている、と思われるフシが結構あるのです。

そんな進化を、どうやって独りで成し遂げることができるのか? これはかなり長い間の疑問であり、未だに完全には解明できていない「謎」であります。

そもそも、太極拳で「強くなっていく」とはどういう状態を指すのか? 筋力・スピード・タイミングなどに頼った動きを否定する体系で、磨くべきものは何なのか?

未だ武功浅き身ではありますが、太極拳の強さ、とは、とどのつまり、如何に高性能なセンサーが使えるか、ということに尽きる、と感じています。防御はもちろん、攻撃においても。「センサー」によるフィードバックなき「素早いだけのスウェイ」「力まかせのテレフォンパンチ」には何の価値もない(このくだりをボクシング関係者が読んだら「オマエ何にも分かってない癖に」と激怒しそうですがwww)、というのが、私の学んでいる太極拳の基本認識です。

であれば、「風の重さ(軽さ)を感じて動ける」ならば、それは既にして最強への道を歩き始めているのではないか、と(しかも、それは独りで深めていくこともできる!)。

流派は違えど、太極拳の本質的な部分で、我が師父と葛西氏は、同じ種類の階梯を歩んで/歩みつつある、のではないか、と。

以上が、私が葛西氏を「強い」と判断している、比較的客観的な論拠です。Facebook上などで葛西氏を知っている方は、彼がとんでもないレベルでフィジカルを追い込みまくっている様をご存知かもしれませんが、彼の強さはそこだけではない、ということを、少し強めに主張しておきます。

2016年10月22日、第六回世界太極推手大会まであと少しです。「この階級で優勝しなければ意味がない」と、敢えて強豪ひしめく70〜76kg級にエントリしている葛西氏のご武運をお祈りしつつ、このエントリをもってエールに替えさせていただきます。加油!

[2016-10-25更新]
みごと、世界三位を獲得されました(写真右端)。日本人としては初の入賞、ですねたぶん。おめでとうございます!

第六回世界太極推手大会、葛西さん三位入賞

ちなみに、奥さまも女子の部、で二位に輝きました。スゴい!

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