「シンジ君のアレ」ことS-DATとは何なのか

2015年のうち(一応「エヴァイヤー」こと第三使徒襲来の年ですからねえ)に書いておかないとねえ、と思いつつ、検索するとすでにさんざんコスられまくったネタだし、Wikipediaに事のあらましが全部載っているようなハナシなので書くのを躊躇していたんですが、この話を教えてくれた某氏に敬意を表して。

みんな大好きエ(ヱ)ヴァンゲリオ(ヲ)ン。「新劇:Q」では遂に影の準主役にまで上り詰めた感のある、「シンジ君が持っているアレ」、なんですけどね。

「シンジ君のアレ」
「シンジ君のアレ」

まず、DATはおろかMD、いやむしろシリコンオーディオプレイヤーすら知らない世代が増えてきている昨今、ちょっと前提知識を解説。

音楽を再生(録音)して鑑賞するための機器は、19世紀に登場した蝋管蓄音機あたりに端を発して以来、「より高音質」と「より小型」の2つの方向に進化を続けてきたわけですが、1979年において、「ウォークマン」によって、音楽はなんと、(ポケットに入る気軽さで)携帯して、持ち出して鑑賞する、ということが可能になりました。

以来、「ウォークマン」は、その革命的なコンセプトによって、時代を超えたアイコンとして世界中で愛されてきたわけですが、90年代になってさすがにCDと比較した際の音質や取り回しの悪さが目立つようになり、音楽業界は「録音/再生可能なCD音質の民生規格」の策定に乗り出します(たぶん)。
で、さまざまな試みがなんやかやあって「音楽を外で聴くときはスマフォのアプリ一択」という2010年代のジョーシキに落ち着くまで20年かかったんですが、この「音楽環境総デジタル化」の嚆矢となったのがDAT(Digital Audio Tape)規格だったんですねえ。

ハナシを某氏のウンチクに戻します。

「エヴァにS-DATって出てきたでしょう。アレ設定凄いんですよ」と某氏。とある飲み会で一緒になった彼は、オーディオ業界の元エンジニアで、当然そっち系には超詳しいヒトです。

私はと言えば、90年代初頭前後はアマチュアのオーケストラ活動にいそしんでおり、高音質な生録環境を熱望してたこともあって、当時唯一そして最新の民生用高品質録音デバイスであったDATに慣れ親しんでいました。ICレコーダーなんかに慣れ切ってしまうと、別にシロートの練習の録音なんざ、なんだっていいじゃない……と思われるかもしれませんが、当時のカセットテープで、ダイナミックレンジを相当広く取りたいフル・オーケストラの録音、なぞをしようとすると、それはそれはもう大変な機材とセッティングが必要だったのです。DATであれば、こちとら音響のドシロートであっても、録音レベルを強烈に低くしておけばあとはなんとか使いものになったので、非常に重宝しました。

その後、ご存知のとおりDATはアッサリ衰退したのですが、音楽ギョーカイの人の間では、民生品にもかかわらず高音質録音が可能な規格は非常に魅力的だったので、プロアマ問わず広く使われ続けました。さらにDTM業界においては、SVHSのカセットを媒体に流用した「ADAT」というデジタルマルチトラックレコーダーの規格まであった……などということはうっすらと小耳に挟んでいたこともあり、エヴァで「S-DAT」というロゴを目にしたときは、「あーDATが2000年代に消滅している、ということを予測できずに、単純に正統進化を続けた、という世界観しか用意できなかったんだなあ」くらいに思っていたわけです。ま、エヴァの作品世界では、「Sugoi DAT」とまでは言いませんが(それじゃニンジャスレイヤーだwww)、「Super DAT」とかいう上位規格が登場しました、くらいのハナシなんでしょ、と。

……「DATには当初、2つの規格案があったんです。ひとつは、ヘッドをテープの動きに同期させるべく、回転させて帯域を稼ぐR(Rotary)-DAT。もう一つは同期しない、固定式、つまりstatinaryなヘッドを持つS(Stationary Head)-DAT

え 、 今 な ん て ?

ビデオテープ全盛期を知っている年代の人は、「トラッキング同期」とか「ドラムヘッド」といった単語に見覚えがあるかもしれません。音楽カセットテープよりもはるかに大量の信号を処理する必要があったビデオにおいて、帯域を稼ぐために読取・書込の機能を持つ磁気ヘッドを回転させる、という方法が採用され、これは「アナログハイファイ時代」を支える重要な基本技術となっていました。

「CD音質」をめざしていたデジタルオーディオ規格、すなわちDATにおいても、当然、この手法が検討されたのですが、このヘッド回転方式は、高速回転するヘッドとの接触を安定させる、というかなりの複雑さが要求されます。また、ヘッドに「巻き付ける」ためにテープをがっつり引き出す必要もあり、再生の開始/停止はお世辞にもキビキビしている、とは言えません。当時のオーディオメーカーでは、おそらく、「ヘッド回転方式は携帯プレーヤーへの展開にとってかなりの障害になる」という意見が大勢を占めたことは想像に難くありません。だがしかし、ヘッド固定式のS-DATを実現するためにはヘッドの高密度化、という力技に挑まなければならず、最終的には、現実界では、DATはR-DATのみが商品化され、S-DATは幻の規格、に終わります。

その後のDCC(デジタルコンパクトカセット)という噛ませ犬感満載の規格や、可聴音域外の信号圧縮やランダムアクセスへの対応等、目のつけどころは良かったもののいろいろと中途半端で、PCを中心としたデジタルオーディオの台頭に抗えず、あっさり衰退したMD(ミニディスク)についてはあちこちで書かれているので省略しますが、大事なポイントは、これらはいずれも携帯可能であることを意識した割り切りを前提とした規格であり、ヘッドはいずれも固定式です。つまり、当時のオーディオシーンを丹念に追っていた人から見れば、「S-DATが採用された世界」というのは十分、現実となる余地があったわけです。

私よりもひとまわり年長で、おそらくはAVマニア(Audio Visualの方ですよ!)でもあったであろう庵野監督(とその周辺)において、「S-DAT」というのは、「起こりえた並行世界」の象徴なのでしょう。

ヱヴァという作品にはいろいろな切り口がありますが、ひとつ、大きな要素として、「マルチエンディング」という手法がゲーム等ですっかり当たり前になった90年代に、「繰り返す(並行世界)」という物語はどのように語られるべきなのか、という、一つの回答を提示した(している)ということがある、と思います。

したがって、最終章が目前に迫った「ヱヴァQ」において、S-DATウォークマンがフィーチャーされ、しかもご丁寧にそれ自体が再生し、修復されたのは、半ば必然であった、ということができるでしょう(ついにトラック表示も27になったしね!)。

つーことで、「シンエヴァ:||」、来年こそはおねがいしますよカントク。。

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