アマゾンのカスタマレビューに投稿したものを転載。「太極拳で強くなれる! 最強呉式太極拳の戦闘理論」のご購入はこちらから。 レビューの直リンはこっち。なお、書籍に先行して発売された、推手を中心に紹介しているDVD「呉式太極拳 最強推手要訣」のご購入はこちらから。
「中の人」としては、中身の話をはじめるとつい全部説明したくなってしまうんですが、まずは手にとって欲しいのでがんばって自重。いざ作ってしまえばあれもこれもと後悔が残りますが、買って損はない内容にはなっているかと思います。制作裏話でも書くといいのかもしれないですが、まあそれだとAmazonの規約違反になりそうなんで。。
呉式太極拳は、「五大太極拳」のひとつに位置づけられる名流であり、制定拳の中でもその動きが取り入れられた套路が存在することから、名前だけは知られているにもかかわらず、こと日本では、「推手が強い(らしい)」「やたらと前傾姿勢をとる(らしい)」と、断片的な情報しか流通していなかった時代が続きました。
本書では、上海鑑泉太極拳社の呉式太極拳がどのような体系であり、どのような理論で闘い、どのような地平に到達しているのか、についての概観を明らかにします。
本書は、3つの意味でこれまでの太極拳入門書とは一線を画すものです。
一つめは、日本で刊行された、初の本格的な呉式太極拳の入門書であること。
二つめは、呉式太極拳中興の祖である呉英華と馬岳梁に、長年、直接教えを受けた中国人による著書であること。
三つめは、上記のような位置づけの本でありながら、単なる教科書的な内容にとどまらず、日本の読者が一般に興味を抱くであろう、「で、結局、太極拳でどうやって戦うの?」という問いに、かなりの部分で回答を提示していること。
三つめの問いを抱いた方は、まずは付録DVDの「散手と実戦」から見るべきでしょう。その前のチャプターの十三勢内勁と推手十三式で見せた動きと比較してみれば、私の主張が理解いただけるのではないでしょうか(相手役が素人同然の動きなのがかえすがえすも惜しまれます)。
二つめについての補足です。本書にあるように、沈剛氏は、呉鑑泉の娘としてその内容を忠実に受け継いだ呉英華と、当時中国武術界にその名を轟かせた馬岳梁に教えを受けた秘蔵っ子であり、呉式太極拳の実質三代目の伝人(※)です。
著者の沈剛氏は文化大革命の末期、二人の師からひっそりと教授を受け、その後の経済発展でさらに多くの文化的文物を失った中国を、天安門事件勃発直前というタイミングで離れ、来日後2012年になるまで独り研鑽を積みながらも、一般には教授せず封印していました。いわば産地直送、冷凍保存された太極拳なのです。本書ではさすがにはっきりとは書かれていませんが、大陸にはもはや残っていないものを受け継いでいる可能性もあります。
一つめの「本格的」であること、について。太極拳が(制定拳として)日本に上陸してまもなく50年。他国の文化を「翻訳」して貪欲に取り入れてしまうのは日本人のお家芸ではあります。カレーしかり、ウイスキーしかり。この特性で、明治維新からわずか70年そこそこで世界最強の戦闘機を作ったりもしますが、反面、自分の物差しで理解できた範囲を自己流で勝手に取捨選択して、「本物」への敬意のないままに改竄してしまい、あげくの果てに袋小路……という危険性があります。いわゆる「ガラパゴス化」ですね。
食文化においては、すでにこういった傾向への揺り戻しが多々、見られます(奇しくも今年は「マッサン」の放映によって、一部の好事家によるスコッチウイスキー復権以上の、「フツーの人たちにおける、「純正なるもの」への再評価」の動きが見られます)。先人たちの研究と創意工夫には大いに敬意を表しますが、武術界もこれにならい、「ジャガイモと人参のカレーライス」や「立食パーティーの薄い水割り」ではなく、「インド料理としてのカリー」「シングルカスクのスコッチウイスキー」としての、「純正な太極拳」を、広く受容すべき段階に来ているのではないでしょうか。
日本の中国武術界は、今こそこの太極拳界のシーラカンス、いや、ティラノサウルスかもしれない(cヘジオア・ホッパー)、沈剛氏の呉式太極拳に刮目すべきである、と大言壮語しておきます。本書は慢架に十三勢、推手、とすでに大盤振る舞いではありますが、太極拳の精髄はいまだ語り尽くされていない感があります。著者と呉式太極拳研究会による、次著が待ち望まれます。